国民読書年から派生する記憶

先日、2010年を「国民読書年」とする集会があったようだ。

国民の文字・活字文化への関心を呼び戻すための出発点とする
年にしようというよびかけ。

素朴に、本は読まなくなっても、活字は離れはしていない気がする。
これほど絵文字をつかうメール文化の国は、他にない気がするからだ。

自分が書く活字は隆盛な気がする。誰もが物書きになる可能性がある。

つまり良書を読む習慣が希薄になった社会ということなのだろう。

私の場合、読書癖は小学校の斉藤省吾先生の指導のおかげといっていい。
10歳、小学校4年のときだ。読書の楽しみを決定的に教えていただいた。

多分もう亡くなられいるであろうが、立派な先生であった。
自衛隊の官舎に近い小学校で、当然その子息が多く通う学校だったから
左の某政党支持者であった斉藤先生は、4年生担当のあと
1年生担当に変わったりして、忸怩たる思いしたに違いない。

たしかに授業で北朝鮮を賛美する話をしていたような記憶がかすかにある。
私はどうとも思わなかったが、自衛体系の父兄は倦厭したかもしれない。

私は、むしろ斉藤先生の身の上話をこまめにノートしていたほどだから、
相当、感情移入していたかもしれない。
小林多喜二のような、貧困から刻苦勉励する話で、立派だなと思った。


岩波書店の児童文学が中心に、物語の世界に入っていく歓びを感じた。

「銀のナイフ」
「ヴィーチャと学校友だち」
「クオレ」
「飛ぶ教室」
「点子ちゃんとアントン」

とか、本の名前がパッと出てきた。
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“読書国民”の誕生?明治30年代の活字メディアと読書文化
日本エディタースクール出版部
永嶺 重敏

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