石原慎太郎の法華経論その1

東京都知事でもある石原慎太郎の「法華経を生きる」を読んだ。

この政治家は不思議な人だ。
30年前に新橋で見かけたことがある。
当時は自民党の代議士だったと思う。

当時、私は新橋の零細企業でサラリーマンをしていて
少し目の調子が悪く駅近くの眼科医院に行ったのだ。

診察が終わり、出ようとしたとき石原氏が入ってきた。

でかい!なんか威圧感を漂わせていた。
周囲にやさしい目線など送らず、笑顔など金輪際しないぞ、という表情をしていた。
つまり憤っているのだ、仁王様のように、昭和のガンコ親父の表情だった。

有名人のように、報道で知っているから潜在的に感じ入って
しまうという感覚ではなかった。

仮に石原氏が無名でも、感じ取ってしまう何か不思議な雰囲気をもっていた。
だが、苦手なオヤジで、自分が感化されることなぞないな、とも感じた。

尊敬はしないが、語るに値する数少ない政治家だ。

政治的に是々非々で、いい施策もあれば、ダメな施策もある。
けれど、最後まで、語るに値する政治家であり文士になるであろう気がする。

とりわけ「自分は小沢一郎を政治家として認めない」とTVで
かつてはき捨てるような評価をくだした表情を、今もって忘れられない。

その石原氏が12年前にかいた「法華経を生きる」をひもといて
みたいと思う。

おもしろいのだ、そこに石原慎太郎氏の月光物語を感じた。
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